私の思うところの「歌手というのは、劇団員のようにはなれない」とわかってから、今の体制に大きく舵を切ったわけです。そこまではOBや在籍した人にトレーナーを任せてきました。
生え抜きのトレーナーとプロデュースしたトレーナーとは、一長一短ですが、私は、異質な集団、というかカオス状態にするべき必要を感じました。私自身、多忙で、裸の王様状態になっていたので、いかにここを壊すか、いかに今を離れるかを考えました。
もともと、我流のブレスヴォイストレーニングということに、こだわっていたのですが、声や歌という表現を取り巻く環境の大きな変化(日本では歌手という入口から、俳優やタレントになります。歌手はシンガーソングライター、アーティストである限り、そのような職名、属性はどのようなものでもいいのですが)と、ヴォイトレの一般化の波にさらされたわけです。
20代中心の、理想としては、全日制的な体制は10年続けたものの、維持しにくくなりました。外からどう見られようと内に人材がいるのか、育っているのかが、もっとも肝心なことだからです。少なくとも、その踏み台のはずの私が、ヘッドに君臨していることは、よくなかったのです。
そこにはブレスヴォイストレーニングが、本来も基礎となるものなら、どのような分野や表現とも、他の人々とも融合していく、(つまり、福島式とつけなかった)ブレスヴォイスという名が自由に変化していかないと、という思いもあったのです。
結果として、今では、試行錯誤しながら、いろんなところと提携し、邦楽から、喉の病気の人まで、それぞれにレッスンを成り立たせています。iPS細胞のように初期化したともいえるのです。つまり、本当の基礎をやると、何であれ、区別する必要はないということです。(Ei)