Q.なぜ、発声を教えるのに、解剖学や生理学から始めないのですか。
A.中途半端な知識は害になりやすいということです。仮に、そういう学問が100パーセント正しくても、その客観的知見というものは、アーティストのステージでの実践のイメージと大きくずれるものだからです。歌手や役者は、ほとんどを稽古や現場で学んでいます。
Q.発声の科学は、実践に役立たないということですか。
A.発声に関して、音声、音響、物理、運動生理での仕組みや原理は、少しずつ明らかになってきています。なかには、アーティストやトレーナーが自分の身体感覚を伝えるときに役立つものもあります。私たちがすべてを感覚としてとらえられないし、ましてそれを、他人に移し替えられないことを考えると、科学的なものは大切なものです。今の競技、スポーツが科学に支えられているのもその実例です。
ただ、私が注目しているのは、喉の仕組みや働きなどという部分的なものではなく、それを総合的に支配している脳や神経系の解明です。私が科学をあまり役立たないように述べているとしたら、そういうものが部分的に個別化してとらえる傾向に陥り、却って上達を妨げている点についてです。(f)
Q.声帯のよしあしが声を決めるのでしょうか。
A.声帯で発声の元音をつくっているのですから、大いに関係はあります。しかし、そこだけがすべてではありません。発声、呼吸、共鳴と、さまざまな部所が関わっています。それぞれの部所をよくするよりも、全体として使い方をよくするアプローチが有効です。よい方に変わるところまでは変えるが、変わらないところを考えても仕方ありません。もって生まれたものをよくも悪くもどう活かすかが第一にすべきことです。声帯は休ませ、潤わせておくことです。