A.自分のものや心に頼らないことです。
感情を入れて歌え、などといわれますが、あまりに感情を入れると、感情が作品を汚してしまいます。自己陶酔や感情の押し付け、計算がみえていやらしくなります。わざとズラしたり、ことばにしたり、技が出てしまうのも、考えものです。
音楽の世界の成立は、数式のように美しいのです。その美しいラインにわずかなたわみが、人間の声、ことば、感情というものを通して、心に伝わるのです。三味線でいう、さわりとか、ギターのギューンという音の濁り、音の揺れです。わざと破綻を起こすのですが、やりすぎは効果を損なったり、壊れたりします。人の感情と同じ、不安定なものであるだけに、むしろ心や魂(ソウル)を込めるとしてください。
以前、仕事を一緒にした作曲家の千住明さんは、都はるみさんが歌うと美しい曲が飛んでしまう、それゆえ伝わるというようなことを言っていました。そのとき、音楽性を邪魔してまで、人間味を加えるのが歌や声の力なのだと、私は妙に納得しました。楽器の魅力を増す鈍った音、歪んだ音、それが声で歌うことなのだと。
考えてみると、人間は声の美しいひびきを邪魔して、ことばを作ってきたのです。そういうことだと思います。これが人間臭さ、人間らしさとなって、人に親近感を与え、歌に人間味を感じさせます。発声は美しいものに統一させていこうとも、歌はもっといろいろな世界、いろいろな想いを表現するのです。(♭)