A.「下腹に力を入れて」、「丹田を意識して」、「お尻をしめて」、「腹の底から声を出して」というように、体の下の方に意識を向けさせるワードを歌のレッスンではよく耳にします。この部分がすごく重要なのはあきらかなのですが、一方で、実際に歌っていると、もっと上の方を意識するとうまくいくケースもあります。ろっ骨の広がりを意識したり、横隔膜に押し出された胸部腹部の広がりを保つことなどです。
お能の人の本で「おなかの底を意識させ腹から声を出せという教えは古くから言われたことではなく、少なくとも室町時代には出てこなかった。徳川幕府の式楽にはいってから言われることが多くなった」という記述を読みました。お能では、なにか部分的なものを鍛えるというより、その人そのものの存在が芸を表現する存在たれということを説き、より本質に芸能と向き合わせようとするのが印象的でした。(確かにお能の人々と一緒に舞台稽古をするとき、西洋音楽の人は演目の途中で止めながら稽古をして積み上げていくのに、お能の人々は部分稽古というものを行わず、ひたすら最初から最後まで通して稽古していたことが印象的でした)
解剖学でいうところのおなかは腹直筋、腹斜筋、腹横筋、そして内臓に当たるのですが、このおなかの位置は決しておへそ周りの狭いところだけではなく第5肋骨から恥骨まで、つまり上半身の3分の2を占めています。どこか一部分で支えることで行き詰っていたら、視点を変えて、自分の上半身の3分の2が声を支えるシリンダーのようなイメージで、つまり自分の存在そのもの、ぐらいの分量を意識してみてはいかがでしょうか。