発声と音声表現のQ&Aブログ

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Q.外国人との歌唱の違いは何ですか。

.外国人といっても、白人・黒人・黄色人種、近くからは韓国・中国・モンゴルから東南アジア諸国、インド・パキスタン、中東の国々からヨーロッパ・アメリカ・ロシア・南米・オーストラリア、等々。さまざまな外国人のそれぞれに、生活環境の地理的背景や文化的背景が作用して、それぞれの民族的・国家的・あるいは地域的な、音声・歌唱に対する個性が、形作られています。

日本人は、昔は畳中心の住空間で、椅子をあまり使わない生活、そして農耕民族などと言われていました。今では、そのような特徴は、かなり薄くなっているとは思いますが、狭い住空間での生活という意味では、あまり変わっていないのが現実です。そうなると、遠くに声が届かなくても、あまり困らない生活。あるいは、届くと困る生活、というのが、日本人の声や歌唱の根底に流れることになります。

また、歌を楽しむ方法は、昔に比べれは、圧倒的に生音ではなく、何らかのオーディオ機器を通しての、疑似体験で、目の前の歌手の歌を聴くなどという機会は、皆無になっています。そしてマイクの存在が、さらにそれを助長させているでしょう。それに加えて、狭い空間での視聴には、音量よりも、細かい音色などの変化や機微がどうしても優先されることになり、それに秀でた歌唱が、声の良さよりももてはやされ、発声のよい、立派な声の日本人ポップス歌手は、ますます絶滅危惧種になっていくのかもしれません。(♭Ξ)

 

.単純に深さからくる響きの高さだと思います。矛盾したようなことを書いていますがまさにここが違いだと思います。私が学生時代、ソプラノやテノールの先生はまさに声楽家といわんばかりのような声で響きの高そうな声で喋っていらっしゃいました。そしてよく言われたのはイタリア人の声の響きはマスケラに当たっていてもっと高い。日本人の声は響きがひくいから高いポジションをキープしないと言われていました。その考えで初めてイタリアに勉強に行った時あまりに違うイタリア語に出会います。誰も日本人のソプラノやテノールのような喋り方をしていないのです。

テレビをつけても日本の女性アナウンサーのような声ではなく一瞬喧嘩しているのかなと錯覚するような低音で喋っている女性アナウンサーがいるのです。またスカラ座などで歌っていたオペラ歌手の方々と話していてもいたって違和感のない声で喋っていらして強さや豊かさは確かにありますが日本人の声のようにどこか違和感のある話し声ではないのです。むしろ響きが高い人ほど深さがあり、直接的に響きをいじるレッスンよりはむしろ喉を下げる、空間をつくる、呼吸、支え、レガートなどの訓練ばかりでした。

日本のアニメなどのカルチャーが外国で人気があるのは、ある一部の面であの声が外国にはあまりなく珍しがられているのではないかと思っています。ただ響きを狙うだけでは我々の声では外国人とは勝負になりません。

声楽の世界では同じアジア圏の韓国の歌手が世界中にたくさんいます。彼らの声は日本人よりもよりリスキーなパワーのあるメタリックな声の方が多く、声の威力が違います。外国人と日本人の歌唱の違いときかれれば単純にパワーの違いといわざるを得ません。(♭Σ)

 

.外国人との歌唱の違いも、口腔内の問題からくる差が顕著に見受けられます。ただ、歌心であったり、曲をどういう風に歌いたいかは、個人差であって、外国人との歌唱の違いはないのではないかと考えます。あるとすれば、作られた歌のお国柄や、時代の流行りの歌い方の差や、発声の違いからくる声の聞こえ方ではないかと考えます。日本人が母国語ではない外国語を扱うのは慣れないでしょうから、舌や唇の使い方が不自由に聞こえる可能性は大きいといえます。(♯Δ)

 

.あくまで声楽で、外国曲を歌う場合において、経験したことや教わったことのなかでの比較になります。伴奏ピアニストや指揮者がいないときの楽器共演者たちは、歌い出しを歌手の息使いで感じ、一緒に息を吸って音楽をしていますが、外国人との歌唱の違いで私が一番よく耳にしたことは、日本人はフレーズの歌い出しが良く分からない、ということでした。

特にこの指摘をされていたのは、多くの著名な外国人歌手と共演されてきた日本人ピアニストでした。ピアニストの位置からは歌手の後ろ姿もしくは横顔くらいしか見えませんが、身体を見ればフレーズの準備をしているのを感じるので、とても分かりやすく一緒に音楽をしていけると仰います。一方、日本人はいつ歌い出す準備をしているのか分かりづらく、察知しにくい、唐突に歌い出す感じがありやりづらいそうです。理由として「準備が遅い、ブレスが浅い」ことをご指摘されています。

元々日本語は母音を中心とした言語であり、例えば日常生活で言葉を伝えるために子音を立たせるとか二重子音を発音するといったことがないので、自動的に子音の時間を考慮してブレスの準備をする、という方向にはならないのでしょう。ただこういった違いはあるものの、それを自覚して意識的に訓練すれば十分に補えることであると思います。(♯α)

 

.私のアメリカ人の恩師はこう言います。「日本人は舌が固い。発音も奥の方でしている。」英語圏の恩師にとってみると、日本語の発音、発声は歌唱に適しているとは言いがたいようです。日本語の歌は一語に一音がほとんどですので、歌っていてなかなか息が流れづらいのです。

ですから、私たちは、より一層舌や顎の脱力を心がけ、言葉と言葉がつながるよう、滑らかに歌う方法を学んでいかなければいけないと思うのです。(♯Å)

 

.歌唱面における違いとしては、まず、楽器としての「器の違い」を感じます。先に述べたように、日本人というのは、呼吸の浅い民族です。その呼吸の浅い民族が大きな声を出そうとすると、結果的に喉に過度な負担をかけることになります。これでは叫んでいるのと同じであり、喉だけに頼った発声は望ましくありません。

日本人と外国人(特に欧米人)とは、キャパシティの違いを感じます。また、口の空間を保つことが苦手なのも日本人の特徴です。そういう意味でも、滑らかに歌うような部分で、圧倒的に不利であると感じます。そして、平たく浅いものを好む傾向にあるように感じるので、歌唱における声の捕らえ方も、立体的というよりも、表面の美しい部分に執着する傾向が強いように感じます。その結果が、声のキャパシティを増やすことよりも、先に響きをつかむことを優先させるのでしょう。相対的な美しさの追及が欠如しているように感じます。本来、日本人が持っているはずの「奥ゆかしさ」など、もっと歌唱面に現れてもよさそうですが。(♭Я)

 

.使っている言語の違いがありますから、一概に比較はなかなか難しいですね。

先日、ある黒人オペラ歌手が日本歌曲を歌うのを聞きました。とても興味深い違いを聞くことができました。日本人なら、そこまで息を流さないであろう箇所で、大変息を流して歌っていました。そのため音と音のつなぎ目が非常にスムーズで、とても美しいレガート唱法で歌えていたのです。そこから生み出された表現も素晴らしく、聞く人に与える印象も素晴らしいものでした。

また、あるドイツ人歌手が日本歌曲を歌ったのを聞いたときには、日本人が歌うより、母音がクリアに発音されていて、言葉が明確に聞き取れた記憶があります。

ただ、この両歌手に共通するのは、日本語の歌詞の情緒という面では、残念ながら物足りないものがありました。それは日本語を会話レベルまで話せるわけではないので無理もないでしょう。良く山田耕筰が「esitando」(「ためらいながら」という意味です)という楽語で表現するような世界観は西洋人にはむずかしいのかも知れないと感じました。

一方、日本人がイタリア語 ドイツ語を歌うときには、この母音のクリアさがこもったり、また表現の面で爆発力がなかったり音節で躍動感がないことなどが指摘されることと思います。(♯β)

 

.まず、一番思いつきますこととして、体を使えているか否か、体を鳴らしているか否かの違いにあります。

オペラはとりあえず置いときまして、ポップスなどの歌手において、日本(主に1980年代以降から現代)は、体を使えず喉から上だけで歌っているのではないかという歌手が多いように思います。案の上、平べったい響きの歌をよく聴きます。到底体から声を鳴らしているとは、考え難いです。

一方、欧米など諸外国人の歌手は、ポップスなどの歌手もオペラ歌手同様、体を使えていて、体から共鳴し、且つ縦の響きがあると感じます。横隔膜、お腹など体全体からコントロールして歌っている、または言葉を語っている感じにも聴こえます。生で双方の歌唱を聴き比べてみますとここまで書いた違いが判り易いと思います。

もう一つ考えられますこととして、レガート力の違いがあります。レガートとは「繋げる」という意味です。外国人の歌手たちは、言葉の母音と母音、子音と母音、言葉同士が上手く繋がっているように感じます。案の定、フレーズが伸びやかで大きく捉えられていることが分かる歌をよく耳にします。この点が日本の歌手が少し弱いかなと思います(全員がそうではありませんが)。途切れ途切れ歌っている印象が時折あります。

以上、日本人と外国人との歌唱の違いとして、体を使い、縦の響きを意識して鳴らしているかの違い、レガート力の違い。この2点に着目しました。(♭й)