発声と音声表現のQ&Aブログ

ヴォイストレーニング専門の研究所内外の質問と、トレーナーと専門家のQ&Aブログです。 あくまで回答したトレーナーの見解であり、研究所全体での統一見解ではありません。また、目的やレベル、個人差により、必ずしもあなたにあてはまるとは限りません。参考までにしてください。 カテゴリーから入ってみると便利です。 【rf :他に詳しく答えているのがあるので、それを参考にしてくださいという表記です。】 引き続き、ご質問もお待ちしています。できるだけ順次とりあげていきます。

Q.声はよくなるものですか。自分のしぜん、本来のオリジナルの声とは、どんな声ですか。

A. 日本でよい声というと、役者さんを思い浮かべられる人が多いのではないでしょうか。しかし、彼らも最初からそんな声をしていたのではありません。演技力の重要な要素として、声を鍛えたのです。その結果、プロの声となったのです。

しかし、声は誰でももっているし、使えているので、よほど困らないとトレーニングしない。しかも、そこで徹底した変容でもなければわかりにくいのです。でも、プロの鍛えられた声というのは、すぐにわかるでしょう。

声帯や身体というのは、誰一人同じ人はいません。それぞれにめざす声も、声の使い方も上達のプロセスも異なるといえます。そこでは、一つのトレーニング方法が万能というわけにはいかないのです。その人によって、時期によって、目的によって、優先順位によってすべて変わるのです。

しかし、多くの先達の方法や、私自身の経験、100人100様に対して、対処してきた中から、ある程度、共通したものはあります。

いつも、声を意識すること、相手に働きかける声を意識することで、あなたのコミュニケーション力は、大きく変わることでしょう。一声出すごとに、毎日少しずつあなたの声を魅力的にしていきましょう。

私自身に関しては、その答えは「よくなるもの」でした。というのは、私は、声がとても弱く、強い声にならないのかといつも思っていました。ところが今では、1日およそ8時間しゃべりっぱなしでも、何ら支障ありません。これはトレーニングの成果以外の何物でもありません。

 

「オリジナルの声」というのは、ヴォイストレーニングに関して、私が使っている意味でいうのなら、その人の身体(声)の原理から正しく導き出されたものです。楽器なら、もっとも共鳴する音、何も邪魔しないで共鳴する音、そういうところが働いて鳴っている音です。自分で考えて勝手に作ったような音ではありません。演奏効果として歪(ひず)ませたような独自の音、色、タッチであったとしても、ここでは除外します。自然な声がというと、そのままの素の声と思われるので、造語しました。他に「ベターな声」(今のもっともよい状態の声)、「ベストの声」(将来の鍛えられたプロの声)とも言っています。もちろん、一般的にオリジナリティというのは、音色や演奏方法も含めて言います。(♭π)

 

A. 声は、もちろんよくなるものです。全くトレーニングを実施したことがない人ほど、みるみる上達し、変化していくものです。発声に関連する身体の部分を、トレーニングによって強化するだけでも、どんどん変わっていきます。

それだけでも、声はよくなりますが、多くの人は、テクニックが重要だと思っているようです。自分が知らない秘密のテクニックがあって、それがわかれば、あっという間に、驚くほど声がよくなるのではと、考えている人も少なくないようです。残念ですが、それほど甘いものではありません。日々のトレーニングによって、着実に発声に関わる筋肉を強化していく中で、やっとテクニックの出番が、出てきます。

例えば、体操選手を見ればわかるとおり、日々のトレーニングで培われた筋肉があってこそ、体操のテクニックが活用できるのです。頭で、テクニックのことを考えながら自主トレするのも悪くはありませんが、考えてばかりで、自主トレがあまり進まないのは、なかなか上達も進まず、また考えこんでしまう悪循環に陥ってしまいます。「とりあえず声を出す」ことは、意外に重要な自主トレ方法です。

 

「しぜん、オリジナル」は、いろいろな考え方がありますが、生活環境などで身についた癖のある発声を、「オリジナル」とする考え方もあります。しかし、本当のオリジナルは、いろいろな偏った癖を取り除いた後に残る声が、本来のオリジナルなので、人によって、驚くほどの違いがあるわけではありません。(♭Ξ)

 

A. 「よくなる」の定義次第だとは思いますが、理想の方向へと進んでいくことは可能だと考えています。

自分の自然な声というのは考え方もトレーニングも案外と難しいものです。私自身がレッスンをしていて感じることとしては、一つの場所や一つのやり方に固執しすぎないということでしょうか。

発声は指導者によってアドバイスが違うことが多いです。しかし、どれが間違っているということではなく全てにメリット、デメリットがあります。それを理解してトレーニングしていくことで声は改善していきます。

結果としてですが、自分の自然な部分が鍛えていかれないと声というのはうまくのびていかないので、自分がやっているトレーニングやメソッドのメリット、デメリットをよく理解してトレーニングを重ねていくことで自分の自然な部分の声も鍛えられていくと思います。

 

本来のオリジナルの声というのも難しい質問ですが、今の日本の社会ではオリジナルの声というのは鍛えていないと出すのは難しいと思います。年齢、環境で声というのはとても変化します。日本の場合は声が出ない方向に向かう人が多いように思われます。

声というのはコミュニケーション能力だけでなく、危険を知らせる、危険を回避するための人間がもつ能力の一つです。乳児、幼児の声はとても大きく、よく通ります。それが年齢を重ねるごとに思春期などを経て大きく出せなくなっていきます。大きく出せなくなったときには既にオリジナルの声という観点からはずれているのだと思います。

大きな声、伝わる声をしっかりと出せるというのが本来のオリジナルの声の定義の一つになり得るかなと考えます。(♭Σ)

 

A. 声の出し方や身体の使い方が上達すれば、(上達する前より)声はよくなるという言い方はできるかと思います。

例えば、声の響きが増える・声が伸びやかになる・声の通りがよくなる、といった変化があれば明らかに声の聞こえ方はよくなります。自分の声はどうしても主観的にしか聞けませんので、場合によってはまわりの人の方が先にその変化に気がつくかもしれません。

 

あなたのオリジナルの声に関しては、たとえどんな声を出したとしても、あなたの声帯は世界にひとつなので究極を言えば全てあなたのオリジナルです。

とはいえ、声の出し方に癖があったり、声の出しづらさがあったりすると、自分の声は自然な声・本来の声ではないと感じてしまうものです。

ですが逆に、余計な癖や力みが解消され、本来の身体の働きが発動すると、出した声と身体の感覚が一致することで、私たちは自ずと本来の自分の声だと腑に落ちる(納得する)のだと思います。(♯α)

 

A. 人それぞれ、いろいろな状況があると思いますが、一部の天才を除いては、全くトレーニングをしていない状態から訓練していくことによって、徐々に磨かれていくものだと思います。「しぜんな声」「オリジナルな声」というのは、極端な話かもしれませんが、「無理をしていない声」と解釈してみてはいかがでしょうか。

例えば、叫び声とか、怒鳴り声とか、逆に、か弱すぎる声とか、聞き手にとって違和感のある声というのはその人にとって不自然な発声になっていることが考えられます。発声上、自然に聞こえる声というのは、声帯がしっかり振動したうえで無理をしていない声、無理をせずに遠くに聞こえる声だと思います。

具体例としては、赤ちゃんから幼児くらいまでの声をイメージしてください。鳴き声も話し声も、合図として大人によく聞こえる声だと思います。そして、極端に声を嗄らしていたり、弱かったり、暗くドスのきいた声というのは、一般的にはいないと思います。

我々は成長の過程で、いつしか自然な、本来の自分の声というのは忘れてしまうのかもしれません。もう一度原点に立ち返ってみると、自然な声、オリジナルの声というのが見つかるのではないでしょうか。(♭Я)

 

A. しかるべきトレーニングを積めばよくなると思います。私の先生はよく、「primitiveな声」とおっしゃいます。それがいい声ですと。初めはその意味はわかりませんでしたが、私がトレーナーとして教えてきた中で、「本当にいい声になったなぁ」と思わされたことが何回かありました。その声は、その人本来の持つ純粋な響きといいますか、虚飾や、変な癖や、力みなどを取り去った、その人の自然な声が、自然な発声で、効率よく出ているときに感じられました。音としても、輝き放っていて響きに満ちていて、他者との比較で考えたら、もちろんそれよりいい声の人はほかにもたくさんいるのですが、その音には何とも言えない魅力を感じ、心が揺さぶられるという体験でした。

きっと、一流といわれる歌手には、そのような共通点があるのかと思います。聞いていて、心に響いてくるとか、スカッとするとか。自分の身体を思い通りに使いこなせているから、聞き手も心地よいのかもしれませんね。

いい声を出してくださった人が上達した過程で、以下の3つの要素が必要かと思いました。

まず、「変に作ったりしないで、自然で、癖のない声をめざしてトレーニングする」ということです。アイドル歌手が、かわいく見せようと作り声で歌うとき、またポップス歌手がしゃくり音でそれっぽさを出そうとしているとき、声帯が100%のパフォーマンスをしていないので、その人の声の響きは半減しています。その代わり、アイドルやポップス歌手は個性的な方法で人を魅了しているのかもしれませんが、なかなか表現がダイレクトに心に届くということは少ないように感じます。

初心者の方は、身体に変な力みが入り自然な声が出ないこともあります。

そして、癖がない状態で歌えるようになったら、次に必要なのは「息がしっかり流れて声帯がしっかり張って閉じた状態で使えている」ということです。プリミティブな音といいますか、犬の鳴きまねをしたりするときのように声帯がピシッと合わさって楽器としていい状態ができているということです。効率よく、正しい発声を身につけるということでしょうか。

最後に、そのいい状態の声が、「自分の頭蓋骨や肉体に共鳴して自然なオリジナルの声が出るようになる」ことです。これは全身が力みなどなく、統合されてその声を出すことに全身のバランスがとれていることだと思います。

 

自分という楽器を最大限フルに、そして自由に使えてこそ、その人ならではの魅力が出てくるのかと思います。ですが、人間の身体を楽器として鳴り響かせるには、一朝一夕にはできません。日々のたゆまぬ努力と、心身の健康などさまざまな要素が必要です。酷なようですが、最低でも3~5年はかかるのではないでしょうか。みなさん大体癖がついているので、それを取り去ることからスタートするとプラス2~3年かかると思います。ちなみに私は歌を始めてからデビューまで10年かかりました。周りを見てもそのぐらいです。

「しぜんの声、本来のオリジナルの声」といっても、人によって好みもありますし、なかなか言葉で説明するのは難しいですね。体験して理解していくしかないですね。(♯β)

 

A. 声はよくなります。そしてそれは、自分のしぜんでオリジナルな声を思い出す過程です。たいていの大人の声は、生まれたままの本来の声ではないからです。そう、生まれたままの本来の声とは、あの赤ちゃんの泣く声です。幼児が暴れて走り回る、欲しいものを買ってもらえずに発する、あの大きな声です。

自分の感情の赴くままに大声を出すことが大人ではないことは明らかです。しかし文化が成熟していく過程で、「野性的な」「自然的な」声の力は文化の中で抑圧され、少しずつ小さく、弱くなっていきます。日本という文化が影響しているのではないでしょうか。日本では赤ちゃんの泣き声は嫌がられますが、イタリアでは、赤ちゃんを見ると大人が寄ってくるようです。「赤ちゃんだ。かわいいね。」

どうか、ご自身の中の赤ちゃん性、幼児性、を抑え込まないでいただきたいのです。「悲しいよ」「苦しいよ」「欲しいよ」という心の声に耳を傾けていただきたいのです。もちろんそれをすべて表面に出す必要はありません。自分の中に幼児性があることを認めて、大切にしていただきたいのです。

街に出て、赤ちゃん、子供の声をよく聞きましょう。そして、そういう声を「素晴らしいものなんだ!」と感動しましょう。赤ちゃんや幼児が騒がしいのは当たり前。私は今も昔も大好きです。それは私が声に魅せられ、声とともに歩んでいるからでしょうか。赤ちゃんの泣き声が好き、あるいは少なくとも気にならない人が増えれば、日本も明るくなっていく気がします。(♭∴)

 

A. よくなります。なると信じていますし、実際にレッスンを受けに来られる多くの人の声が改善されていることがその証左です。

では誰もが魅了される、絶対的に美しい、万人が目指すべき声のイデアのようなものがあるのでしょうか。私はノーだと思います。

声には人それぞれの色があります。その色を深めたり、輝かしいものにしたりすることはできますが、色そのものを変えようと思わない方がいいでしょう。

やるべきことは、無理なく身体と呼吸をつかった発声を体得することです。発声が苦しいうちは、まだ自然な声ではありません。自由にコントロールできるようになってはじめてオリジナルだと言えるのです。

声のお化粧の方法はいくらでもあります。熟練の技術を持った人がさまざまな音色を使いこなすことは可能です。しかし、まずは自分の持って生まれた声の色を深めましょう。それが「よくなる」ということです。(♯∂)