発声と音声表現のQ&Aブログ

ヴォイストレーニング専門の研究所内外の質問と、トレーナーと専門家のQ&Aブログです。 あくまで回答したトレーナーの見解であり、研究所全体での統一見解ではありません。また、目的やレベル、個人差により、必ずしもあなたにあてはまるとは限りません。参考までにしてください。 カテゴリーから入ってみると便利です。 【rf :他に詳しく答えているのがあるので、それを参考にしてくださいという表記です。】 引き続き、ご質問もお待ちしています。できるだけ順次とりあげていきます。

Q. 声という面に限定して、そこでの差を教えてください。

.ひとことで言えば、「声と体の日々のケアと自主トレ」でしょうか?声は、体と密接に連携していて、よい声を出すためには、体をうまくコントロールしなければなりません。体の健康が損なわれていたら、よい声が出しにくくなるというのは、当然です。喉はもちろん、呼吸関連部分も大きく関わってくるので、風邪などには、気をつけなければいけないことは、すぐに想像がつくと思います。しかし、胃腸関連などに始まり、やはり平常心で体を動かせないような苦痛や異常は、声のよいパフォーマンスを妨げる原因になるので、健康管理と健康増進は、とても大切なファクターになります。

そして、ほとんどのプロが、当然のように秀でているポイントは、喉のケア・声のケアでしょう。

たとえば、喉によい飲み物や、喉荒れを治しやすくする食べ物だったりサプリだったり、あるいは健康器具のたぐいだったりです。それは最善ではなかったりもします。しかしここで重要なことは、それらを使って、喉のケア・声のケアがしっかり成立し、うまく本番など大切な場面をのりきれるということです。そのためのプログラムが、その人なりにしっかりと確立されているということがもっとも大事なポイントになるでしょう。日々の自主トレについては、あらためて書く必要もないとおもいます。(♭Ξ)

 

.声楽、特にオペラという面で書きます。

自分の声の種類(重さ、軽さ、声質、等)などを考慮しつつ依頼された役柄の音域を無理なく歌えるということ。

素人の方だとまずソプラノ、テノールの音域をだすこと、そしてそれを作品3時間を持続して歌えることが大事になってきます。

マイクなしで2000人規模のホール、劇場で一番後ろの客席までオーケストラ、合唱を超えてとばせる声を有すること。

例えばモーツァルトプッチーニワーグナーではその規模もオーケストラの人数も歌う音楽の重さも全く比較になりません。

(おそらくモーツァルト1000人を超える会場での上演は想定していないと思います。当時の劇場はもっと小さいので。プッチーニが現役の時代はもうホールの巨大化が進みそれに見合う音楽を書いていました。しかし現在は世界中で4000人近く収容できるメトロポリタン歌劇場でさえ同じホールでモーツァルトプッチーニもやります。)

モーツァルトの声とかプッチーニ向きの声とか色々あるのは重々理解の上でまずはホールに声を飛ばせることが第一の条件になっています。それは日本も同じで新国立劇場は同じ劇場で500人程のホール要に本来作曲された作品から数倍の規模のホールを想定して作曲された作品までやります。

歌っていくだけの生計を成り立たせるという面ではこのような場所で常連になることが重要だと思います。

毎日朝から夜までの稽古に毎日耐えれる発声をもちつつ音域の確保もできる実力であること。現在私もそうですが、稽古が一日1回なんてことはほぼありません。毎日複数の作品の稽古を掛け持ちしています。10:0013:0014:0017:0018:0021:003枠がすべて違う作品なんてこともよくあります。この中である一定のレベルを出し続けてこれが日常である声のレベルを保てることが重要です。

海外の劇場の専属歌手になると朝から一本稽古して、昼に別の作品の本番をやり、夕方からは別の稽古ということが普通だといいます。

マチュアで必死に勉強して素晴らしい声の方も時々いますが、このような稽古量についていけない方が圧倒的に多いです。1時間のレッスンでは素晴らしい声をだしてもそれを何時間のましてや複数の作品を歌い続ける体力と集中力が難しいようです。

opera」はイタリア語で歌劇とも訳しますが、一般的なイタリア語会話の中で出てくるoperaは「労働」です。つまりオペラ歌手は芸銃的な側面と労働者としての体力とその労働に担うだけの発声力をもっていないといけないのです。

ポップスも同じだと思います。売れっ子のアイドルや歌手は寝る間もないなんて話はよく聴きますがこれを毎日持続できる精神力と体力が大事になってくると思います。(♭Σ)

 

.声に輝きがあるか、ないか、というところが、大きな違いです。技術的な問題になりますが、身体の前面だけ使って歌うと、輝きのない声になるだけでなく、高音がきつい声になってしまったり、聴いていて、やかましい声になってしまいます。身体を正しく使い、うまく響かせることができていると、プロとしての声が出せるように思います。身体の後を使えるようになると、プロとしての声が出るようになると思います。 (♯Ω)

 

.実力のあるプロといっても、人間だし、スポーツ選手と同じで、体が故障してしまったら選手生命を断たれてしまうような職業なので、絶対ということはないのですが・・・。まずは常日頃から自分の健康管理、コンディションがある程度安定させることができる人、精神的にも、肉体的にも自己管理能力がある人です。お金をもらって歌う人、又は生活している人。歌う事に情熱が燃やしつづけられる人。もしかしたら、それが一番大切かもしれませんね。

声に関しては、そのことを踏まえて付随していきます。自分の体調管理を意識することで、よりその日のコンディションで発声練習のやり方や、最初に練習する方法を変えるでしょうし、あえて声を出さない日もあると思います。

最初に声を出す時のアプローチはとても重要です。ですから、日によって行き当たりばったりで発声する人、又は歌う人は素人かもしれませんね。それと、年齢も関係してくると思いますが、若い時は筋肉もある程度あるし、瞬発力も、回復力もあるんですけど、歳を重ねると、どうしても同じようなフォームで歌えなくなってきます。そのときに、体力づくり、必要な筋力のトレーニングはいります。日頃歩くこと、運動することで、体幹を鍛えると良いですよ。歌うとき腰まわりに重心がしっかりすると歌いやすくなります。(♯Δ)

 

.プロと素人の境目は様々あると思いますが、レッスンを通してより痛感するのは「自身の変化をいかに敏感に察知するかどうか」ということです。

レッスンではその方々に合わせながらより良い状態に持っていくにはどうしたらよいか?と考察しながら色々な方法を試します。方法を試す前と後では(トレーナーが客観的にみて)声の聴こえ方が変わるので、一時的にではあってもその方の歌う体勢や発声のポジションなどが通常とは違う状態に持っていけていると言えます。このときにさっきよりも声がスムーズになった、身体が使えている、息が安定しているなど、何かしらの良い感覚を察知しているかどうか、ということです。変化を察知することで初めて、以前の状態を客観的に捉えることができます。

ですので、どなたにとっても(プロの方も素人の方も)進歩の仕方は大きく加速します。ただ、プロの人ほど小さな変化でも、小さな変化こそ見逃さずに察知しています。そしてレッスンで得た新たな状態や感覚を、ご自身の持ち歌やライブなど別の場面でも試みることで応用し活用して、どんどん自分のものにされていきます。たとえ生まれながらの美声ではなくても、たとえ声帯にハンデを持っていたとしても、ご自身の声をどう操縦していくかで道が切り開かれていくのだと思います。(♯α)

 

.プロとして食べていこうという気概が全てだと思います。私はダンス、歌、芝居とレッスンしてきていますが、レッスンしていると「この人はプロ思考だな」「この人は素人を脱しきれないな」というのが大体分かります。その気概と実力は比例することが多いですが、そうとはっきりと言い切れるものでもありません。

実力があまりなくても一生懸命さと人柄で仕事をとっていく人、あからさまにプロデューサーやトップ俳優さんにとりいって仕事をもらっていく人などもいます。逆にどんなに実力があっても、プロとして食べていくことにこだわっていない人は、どこか趣味的だったり、プライドの高さから現場に従順になりきれずにチャンスを逃していきます。ことの善し悪しは別として、「プロで食べていく」という気概のある人の目つきや態度は、様々な面で素人さんのそれと明らかに違う傾向にあります。

また、レッスンや仕事の稽古場での態度をみてもプロ意識の高い人は、不断のトレーニング、現場での予習復習に余念がありません。「そこまでやるか!」というくらい努力します。そういった姿勢は周囲のものへの信頼を勝ち取ります。また忘れてはならないのは、普段から一生懸命やってる人の表現には説得力があります。パフォーマーとしてその姿勢が表現として表出するのです。

プロとしての意識と実践の蓄積でしょうね。意識の高い人にはやはりかないません。先ずはプロとしての意識なのではないでしょうか。

(♭Д)

 

.プロは声に艶があること。説得力があること。魅力的なこと。音程が性格であること。変なビブラートがないこと。豊かな息が流れていること、だと思います。

プロと素人の違いは、技術面、また意識の面でも違ってくると思いますが、まず、一言で言ってしまえば、それでご飯が食べられるかどうか、ではないでしょうか?

もちろん日本の芸術家、役者はそれだけでは生活が難しく、稽古や本番の合間にアルバイトをしている人も多くいます。

それは日本の芸術家に対する報酬とか保証制度の問題もあるので、「食べられるかどうか」と一言でくくってしまうのは難しいですが、「これが私の生業である」と胸を張って言えることだと思います。

プロである以上、活動することによってギャランティが生じます。

ですから、その活動に責任を持って取り組むことが必要です。(もちろん素人だから適当でいい、といっているわけではありません)

また、プロならば、自分のその仕事(歌手や役者等)をこれからどうやって世間にアピールしていくか、常に考え行動していかなくてはなりません。

レッスンに通い、なんとなくチャンスが来るのを待っているのではなく、自分を売りこんでいき、自分の存在を憶えてもらわなければいけません。コンクールやオーディションを受けてチャンスを勝ち取っていくのです。

そして、何かの折には使ってもらえるよう、常にアンテナを張っていなくてはいけません。そういう意味でも人付き合い、横や縦のつながりがとても重要になってきます。このような強い意識のある人が、プロとしてやっていけるのではないでしょうか?

そして、技術的な面からは、豊かな声量、つややかな声質、そして無理のない発声を習得していることです。喉に力が入っていて、かすれたり、ひっくり返ったり、苦しそうに聴こえていてはプロではありません。いつでも、どんなときでも、金太郎飴のようにどこを切っても同じように歌えていなければいけません。肺に入った空気が腹背筋で支えられ、喉の奥から頭蓋骨に共鳴していく声。変に揺れたり浅い息で歌ったりしないことです。

また、声だけでなく、その人柄も魅力的であること。極端に言ってしまえば、その人のコンサートや舞台に、お客様が時間とお金を費やしたいと思えるかどうかだと思います。 (♯Å)

 

.プロと言っても色々なタイプやそれぞれの考え方を持ってやっていらっしゃると思うので簡単には説明ができませんが、私が考えるプロとして必要な資質とは、声や歌で第三者を魅了することができること。多少、調子が悪かったり、緊張していても、お客さまにはそれを感じさせないような立ち居振る舞いができ、ある程度のレベルを持って演奏できること。そして常に努力を惜しまず、レベルアップの為に多くの時間を費やせること。

一番大切なのことは、自分の声や演奏を客観的に捉える意識と能力を持っていることだと思います。自分が発している声がどのように聞こえるのか、どのように表現できているのかがわからなければ、独りよがりになってしまいますし、良い演奏をすることはできません。

プロでなければ自分が楽しめるだけでも良いのですが、プロはお客さまに聴いていただく意識を持てる人でないと務まりません。そしてお金(チケット代など)を出して頂いていることに感謝と誇りを持っていることが必要と思います。(♯μ)

 

.一口にプロと言っても、その中身は千差万別ですから一概に言えません。ここでは、明らかな違いのみを私の考えで述べてみたいと思います。

まず、根本にあるのは、「歌うことが好きであるか」、「話すことが好きであるか」という根本的なことだと思います。

なぜならば、それが嫌でやっているのであれば、どうがんばってもそれ以上上達しないと考えられるからです。人前で歌ったり話すことが苦と感じるのであれば、その部分を改善していかなければなりません。

プロの方々は「歌うことが好き」、「話すことが好き」だから、その仕事を目指し、日々精進してその仕事を得続けようとしています。

当然、プロとして活動できるまでの間には、様々な苦難が予想されます。練習してもうまくなる実感がわかなかったり、下積み時代は稼げないことのほうが多いからです。それでも続けて邁進していく覚悟が、プロになるための絶対条件だと思います。

また、自分がどうしたらこの道で食べていけるようになるかということを常に考え、そのためにはどのように自分を成長させていけばいいか、どのように活動していけばいいか、お客さんをどのように集めればいいか、など、この道で生涯生活していくために考えられることを率先して行う力が必要です。

与えられる仕事を待っているだけではチャンスはめぐってきません。そのチャンスを得るために動き続けるエネルギーが、何よりも必要だと思います。(♭Я)

 

.傍から見ていると、プロになる方は素質もさることながら、自分の目標に24時間をささげている方、ささげる姿勢があり、それを苦と思わずに、当然のこととして取り組んでいる方、むしろ楽しんでやってられる方と言う風にお見受けします。そして素質がないと自覚している方に限って、頭で考えて、どうやったらそのゴールに到達できるかを試行錯誤して、いろんな方面からアプローチしたり、トレーナーに質問して不明瞭なことがないようにしていらっしゃるようです。

さて、声に関して申し上げますと、残酷なことをいうかもしれませんが、クオリティの高さを要求するオペラ歌手の場合は、声帯を見ると第一線級の歌手になれるか、二流でとどまるかが、そこにも達しないかが歴然とします。声帯がまっずぐでねじれなど無く、閉じた時にぴったり真っ直ぐくっつくと言う形状をしています。それに比べて、一般の方の声帯は、左右の形が非対称だったり、一部しかくっついていなかったり、左右どちらか一方のみが盛り上がることでくっついていたりなど、形状から一目瞭然です。これがいわゆる「持って産まれた差」なのでしょう。

しかし、マイクを使用してもいいミュージカル歌手、舞台俳優となるとそこまでのクオリティの声帯でもなくてプロになることは可能だと思います。そのためにトレーニングを積み重ねるわけでしょう。

声帯というのは、顔の形が違うのと同様、本当に人それぞれ形状が違います。ですから自分の感覚を駆使して、どうしたらいい声が出るのか、どこを意識したら声が響くのかを第三者に指摘してもらいながら作り上げないといけません。身体と声を一体としてとらえ、体で感じ、会得していくことです。あらゆる手段を使って自分のものにするたゆみない努力を要すると思います。(♯ё)