発声と音声表現のQ&Aブログ

ヴォイストレーニング専門の研究所内外の質問と、トレーナーと専門家のQ&Aブログです。 あくまで回答したトレーナーの見解であり、研究所全体での統一見解ではありません。また、目的やレベル、個人差により、必ずしもあなたにあてはまるとは限りません。参考までにしてください。 カテゴリーから入ってみると便利です。 【rf :他に詳しく答えているのがあるので、それを参考にしてくださいという表記です。】 引き続き、ご質問もお待ちしています。できるだけ順次とりあげていきます。

Q.どうすればしぜんな声が出るのでしょうか。しぜんな声には、メリハリ、インパクトはないのですか。

A. 日本人の日本語における“しぜんな声”(一般の人の声)には、いろんな弱点があるといえます。

特に欧米圏の言語を話す人々との大きな違いの原因となっているのは、高低アクセントと浅い発声ポジションで成り立つ日本語そのものの性質、そして日本人のコミュニケーションへの対し方です。

たとえば、いい年齢をした女性が幼児のように甘えた声で、はしゃいだ話し方をするなどといった、声への偏ったイメージづくりがあります。大人としてのよい声のイメージがもてないといってもよいでしょう。これは日本人のアイドルの歌やアニメの声などに象徴されます。

日本人の場合、声をぶつけあい主張し合うような風潮がなかったため、明瞭に断定的表現をさける傾向にあります。つまり、声にメリハリなどがあまり必要とされなかったのです。話し方も声もあいまいなものの方がよかったのです。舞台は、それでは務まりません。

この音声そのものへの認識力の弱さと、その効果的な使用法への無頓着さは、寡黙なのをよしとした、日本の文化、風土の影響を抜きに語れません。そのため、音声表現力においては、日本は未だ三等国から脱しえていないと、私は思っています。(♭π)

 

A. しぜんな声は、なかなか難しいものです。それを実感する一番簡単な方法は、全身のストレッチを充分に実施して、身体中の余分な力を抜いてから、喉まわりの余分な力もなるべく抜いて、発声してみることです。うまくいけば、しぜんな声が出ることでしょう。たとえうまくいかなくても、しぜんな声に近い声は出るはずなので、チャレンジする価値はあります。

もう一つ、間違えてはいけないのは、しぜんな声が最終目標とは限らないということです。「あんな声」や「こんな声」を出してみたい、という望みがないのなら、現在の、あなたのしぜんな声で、落ち着くのも悪くはありませんが、ヴォイストレーニングに取り組んでいる皆さんには、「あんな声」や「こんな声」という、理想があるはずです。それならば、今現在のしぜんな声にはとどまらず、「あんな声」や「こんな声」に進むトレーニングを続けながら、その時点でのしぜんな声を、どんどんアップデートしていくことです。

また、しぜんな声には、メリハリやインパクトがないと感じるのは、脱力し過ぎて声を出すからでしょう。「しぜん」というのは、力を入れないということではなく、力を入れ過ぎないということです。間違えないようにしましょう。(♭Ξ)

 

A. あなたにとって「しぜんな声」の定義は何でしょうか。あなたが思い描くしぜんな声とはメリハリやインパクトがないのかなとの疑問を抱くような声だということです。たとえば好きなアーティストがいてその人の声に近づけようとしていたり、憧れている歌い方を真似ようとしたり、または細い声の人が「太くて力強い声になりたい」といって自分の声とは真逆の目標設定をしていたり、こういったことがあると自分の声ではなく作り物の声になっていきます。あなたにも何か心当たりは、ありますか。ここにあげた例でみると、どれも余計な癖や歌唱時の力みが増えてしまうので、あまり度が過ぎてしまうと本来の声を育てるには遠まわりになります。

まずは、ご本人がどんなスタンスで臨んでいるのかという部分からの改善が必要だと考えます。もしあなたに「こんな声になりたい」「こんな歌い方をしたい」という思いがあるとしたら、今一度そのことに向き合ってみてください。基本に立ち返り、いずれ身体を使って声を出す感覚を得たならば、自ずと「この声はいい」と自分本来の声(=しぜんな声)を受け入れられるものです。また、うわべではなく身体と繋がった声であれば、声のメリハリや強弱(フォルテで歌う際のインパクトなど)はコントロールできます。(♯α)

 

A. 「しぜんな声」というものをどのように捉えるかというところにあると思います。「しぜんな声」というものは、言葉にすると実にあいまいでわかりにくい状態だと思いますので、逆に「しぜんではない声」というものがどのようなものであるかを、考えていきたいと思います。「しぜんではない声」、すなわち「ふしぜんに聞こえる声」というものの例をあげると、怒鳴ったり吠えるような、「無理をして出しているような声の出し方」であったり、音よりも息の分量が多すぎてしまう「息漏れ声」のような出し方、声がほとんど聞こえないような「声が鳴らない出し方」などがあげられると思います。

要約すると、「無理をせず、本来持っている楽器のポテンシャルを充分活かしつつ、聞き手に違和感なく伝えることができる声」というのが、「しぜんな声」の一つの定義になるのではないかと思います。ですので、しぜんな声がメリハリやインパクトのない声になるということはなく、むしろ逆であると思います。その人の持つオリジナリティを活かした声を使いたいのであれば、「しぜんな声」が出せる状態を核として育てていくことが必要であると考えます。

(♭Я)

 

A. しぜんな声とは、声帯で作られた音声が、余計な喉の力を入れず、また、自分の外耳で聞いて変に調整もしない声だと思います。それが出た上で、自分なりの表現や自分だけの音色を追求したのが、メリハリ、インパクトになると思っています。

まず、しぜんな声についてですが、声帯のまわりの筋肉、喉のまわりの筋肉、舌の筋肉などで、声をしめつけて出したり、力を入れたりしていないでしょうか。無駄な力を抜いた上で発声練習をしてみてください。厄介なのは自分の耳です。私自身も高校生の頃、オペラ歌手をめざして、なんとなくオペラっぽい声を出していたら当時の声楽の先生に、自分の耳で自分の声を聞いてなんとなくオペラっぽいと思う声を作っているけど、それではない、と指摘を受け、クセを取ることから歌の道が始まりました。自分のしぜんな声を出せるようになった後は、曲の要求する表現を自分なりにやって、メリハリ、インパクト、をつけていったと思います。ナチュラルな声を出せるようになるというのは、楽器をチューニングするのに似ていると思います。(♯β)

 

A. 確かに「しぜんな声」というのは難しいのです。しかし「しぜんな声」にメリハリ、インパクトはあると思います。生まれたばかりの赤ちゃんの泣き声はもっとも「しぜんな声」ですよね。想像してみてください。おそらく誰もが赤ちゃんのときは「しぜんな声」で、おなかがへっただの、さみしいだの、かまってくれだの、意思を表現するために、泣きわめいていたと思います。メリハリもインパクトもばっちりだったと思います。そうでないとわざわざ全身を使って不快を表現する必要はないのですからね。

私の声のレッスンでは、たまに「赤ちゃんになって泣きわめいてみましょう」というワークをやります。みんな恥ずかしがってなかなか赤ちゃんになり切れません。大人になるうちにいろいろな理由から「しぜんな声」ではなくなるのでしょう。

この「しぜんな声」を取り戻すことこそが、ヴォイストレーニングの長い道のりです。イタリアの伝統的な発声法である「ベルカント唱法」も、その人の持って生まれた最高の声を探求する歌唱法です。息のトレーニングなど、メソッドはさまざまありますが、たまには単純に頭を空っぽにして「赤ちゃんになって泣き叫ぶ」ということもやってみてください。意外に有効だということを知ってほしいのです。(♭∴)

 

A. しぜんな声が出ている人には2種類いて、声について悩んだり考えたりしたことがないからしぜんな人(A)、声について考え抜いてトレーニングした結果しぜんな声を手に入れた人(B)がいると思っています。赤ん坊や子どもは(A)です。大人でも屈託のない性格の人は(A)です。

さてこの質問をしているあなたは、質問をしている時点で(A)ではないのでしょう。(A)の人はそんなこと考えもしないのですから。すでに悩んでしまったあなたがしぜんな声をめざすには(B)の道を行くしかないのです。しぜんさの再獲得という、ふしぜん極まりない茨の道です。

やり方はいろいろあると思いますが、私がおすすめしている方法は「他のしぜんにできる動作と合わせて声を出す」ということです。前屈しながら、歩きながら、手を伸ばしながら、ボールを投げながらなどです。これで声を出すことに抵抗がなくなったら「余計な動きはせずに声を出す」段階です。

しぜんな声は拡大することが可能ですので、心配しなくともメリハリやインパクトへとつなげていくことができます。焦らず勉強を続けましょう。(♯∂)